モードのソプラノ課題
モード(旋法)のソプラノ課題を実施してみました。
フランスの和声課題には、ソプラノ・バスの課題があり(アルテルネという変なものもあります)、
与えられた声部以外の3声部を作成(実施)します。
実施の方法(解き方)ですが、
バス課題については、以下の方針(「厳格様式」と言われます)が決まっていて、
この延長線上に「学習フーガ」があります。
<バス課題 実施の方針>
- 連続5度、8度は禁止。
- 並達5度、8度は避ける。
以上は通常の禁則です。 - 属7(Ⅴ7)、短調Ⅱ7(属7の根音省略と同じ響き)の7度は予備は不要。
ただし、予備できればしたほうがいい。 - 属9(Ⅴ9)の9度は予備すること。
- 7の和音の7度は予備すること。
- 減7は予備不要。
- 非和声音は、経過音,刺繍音と繋留音のみ。
2度で達する先取音は可能。倚音/逸音は不可。 - 課題に含まれる音型などが、模倣できるか組合せられるかなどを考慮すること。
ここから自由に作る部分の多い「学習フーガ」へ向かうので、
バス課題では「パズル解き」つまり”作者の解答に近づこうとする”のもありです。
これに対し、ソプラノ課題には決まった方針はありません。
ソプラノ課題は、課題を解いていくことでなんとなくやり方を覚えるので、
方針は具体的に習う(説明される)ことはなく、私も教わった覚えはありません。
そこで、ここには私個人の方針を書いておきます。
ソプラノ課題には、バス課題における「学習フーガ」といった到達先がないので、
実際に作曲する時の和音付け手法(自由度の高いもの)としてとらえることにしました。
<ソプラノ課題 実施の方針>
- 連続5度、8度は禁止。
- 並達5度、8度は避ける。
以上は、自覚していて必要と思うなら、少しならOK。
自覚していればいいのか?というと、そういう訳でもないですが、
分かっているということは、そこに連続によるアクセントとか硬さとかが
ほしい,あるいはその和音がどうしてもほしいということなので。 - 内声/バスで倚音を使用できる。
倚音として解釈可能なら、どのような音集合もOK。 - 逸音/先取音も、ソプラノ音や内声/バスでも可。
例えば属7(Ⅴ7)での付加6度、9度など逸音/先取音として解釈可能なら、
どのような音集合もOK。 - Ⅴ7,短調Ⅱ7の7度、Ⅴ9の9度、は予備は不要。
- 短7(m7コード)の7度は解決(保留もあり)すれば予備不要。
上記のとおり内声で倚音等が可能なため。 - 声部の分割(divisi)はできるだけしない。
- むやみに構成音の交換をしない。
テナーでミーソと動き、合わせてバスでソーミとするような交換。
課題自体にあればOK - 低音4度は多用しなければOK。
なので、四六の和音は使い放題。 - 対斜は、モード的なものはOK。
+6(属7の第2転回)、四六の和音の連続などで発生するものなど。 - 作者の解答に近づこうとしない。「パズル解き」はしない! <== ここが重要!
完成した四声体のソプラノを抜出したような課題は、
旋律とは言えないようなものなので、
制限の強い(学習上の考慮があるH.Challanのような)ものを除いては、
残りの声部を再現するのは無理です。
これはシェーンベルグが「バス課題は簡単すぎ、ソプラノ課題は難しすぎる」と
言っていた原因だと思われます。
また、作者の解答に近づくことにあまり意味はないので、
作曲の訓練として(曲として)、自分が必要だと思う和音を置いていくべき。 - 曲全体を見渡して、構造的に的確な調を決めること。
課題を曲と考え、各フレーズの調設定がその場所にふさわしいかを検討する。
調の機能(TDS)は、自分の感じるもので構わない。
ただ、課題自体に非常に遠い調(長調でのナポリの短調とか)が
含まれるものもあるので、仕方ない場合もある。
以下に実施例と音源を載せます。楽譜は一つのPDFファイルにまとめました。
比較用に作者の実施(あれば)と、矢代秋雄の実施を入れてあります。
矢代秋雄の実施は、フレーズ区切りに休符を沢山おいていて、
こういう書き込みの多さは、さすが作曲家といった感じがします。実施も個性的ですし。
ただ、こういった休符は、生演奏なら綺麗にフレーズが収まりますが、
打ち込みでは、編集が大変です。なので音源は少し不自然かもしれません。
なお、楽譜にはスラーや強弱記号は、記譜していません。
音源もテンポを編集しただけで、強弱は入れていませんので平坦です。
楽譜(PDF)
モードは、ほとんどがエオリア・ドリア・ミクソリディアです。
自作の実施には、自覚していない連続5,8度等あると思いますが、ご容赦ください。
音源
01 作者 P.Fauchet
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3) c) 矢代(mp3)
たぶん有名な課題で、課題・作者の実施は流れるようできれいです。
矢代秋雄の実施は、前半のフレーズを短く(2小節単位で)切っていて、
想定しているテンポがすこし遅いのかもしれません。
02 作者 F.Schmitt
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3) c) 矢代(mp3)
シャンソンのように始まり、途中から半音階になっていきます。
作者の実施は後半のテーマ再現もこの半音階が流れ込み、うねった和音付になっています。
03 作者 M.Durufle
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3) c) 矢代(mp3)
有名な課題で、作者のかわいらしい音感が出ています。
また作者の実施には和音が不明な部分もあって、課題というよりは曲です。
04 作者 R.Falcinelli
a) 自作(mp3) b) 矢代(mp3)
ドリアの課題です。
05 作者 F.Gervais
a) 自作(mp3) b) 矢代(mp3)
エオリアの課題です。フォーレ終止を多用できます。
06 作者 C.Koechlin
a) 自作(mp3) b) 矢代(mp3)
とても器楽的な課題です。
矢代秋雄の実施は、Allegrettoに合った大変軽い感じになっていて、
まるっきり器楽曲です。
07 作者 矢代秋雄
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3)
美しい課題です。作者の旋律の才能がよくわかります。
特に最後から2小節目,テナーの弱拍での倚音C#は、
この一音だけでも、この課題を知る意味があるくらいきれいです。
今まで(上記01-06)見てきたように、矢代秋雄の実施は各パートが細かく動きます。
旋律の才能があるので、自然と動かしたくなるんじゃないかと思います。
----おまけ----
08 作者 J.Gallon
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3) c) 矢代(mp3)
旋法ではありませんが、昔から課題のうちで一番きれいだと思っているものです。
ただし、いざ実施するとなると、旋律に隙間が多くて、
矢代秋雄の実施のようにきれいに隙間を埋められればいいですが(旋律の才能が必要)、
仕掛け(内声がソプラノの模倣になる)が見えないと難しいです。
作者と矢代秋雄の実施は第一転回形で開始し、
J.De.La.Presle&Gervaisのものは基本形で開始していたので、
自作は、四六(第二転回形)で始めるようにしました。
少し無理があり、声部を交差して連続をごまかしています。
こういった交差は、J.Gallon自身の実施でたまに見られます。
09 作者 R.Dussaut
a) 自作(mp3) b) 作者(mp3)
これも旋法ではありませんが、作者の実施がフランス和声の極致だと思う課題です。
課題としては(曲としてみても)、イタリアオペラのアリアのような取り留めない感じで
それほどいいとは思いませんが、
作者の実施がすごく上手で、これがフランス和声の技術的な頂点だと感じます。
ちなみに、Robert Dussautは、Fauchetの弟子で第1回のローマ賞受賞者だそうです。
Youtubeで曲も少しは聴けて、ロマンティクで大変いいと思いました。
こういう技術ある作曲家が、知られるようになるといいと思います。